2002
UFJ日立システムズ(現三菱UFJインフォメーションテクノロジー)出向
基幹システムをJavaで更改するというプロジェクトに参画。全てのアプリケーションが利用する共通プログラムの開発を担当し、設計書を書いたり、プログラミングをしたり、システム開発のイロハを学びました。
2011
三菱UFJ銀行(中国)(現MUFGバンク中国)
上海に赴任し当行の現地法人で利用するシステム開発を担当。急拡大していく組織に見合ったインフラを備えるために、まず各システムを収容するデータセンターづくりに着手。中国各拠点のOA(Office Automation)システムを統合集約して搭載するシステム基盤を構築しました。
2017
システム企画部
システム本部全体の計画策定、開発・運用に関する各種施策の推進、IT関連子会社の経営管理、会議体運営、システム関連の金融庁窓口等、様々な業務を担当しました 。
2020
三菱UFJインフォメーションテクノロジー出向
インターネットバンキングやホームページ等のチャネル系システムのインフラを担当する開発部署に部長職として着任。お客さまの利便性向上に向けて、非対面チャネルを通じたサービスの拡充をシステム面から推進しています。

金融システムという“ものづくり”の醍醐味。
海外にもチャレンジの場が広がっている。

梅澤 和雄
01.身近に利用者がいて反響がある
おもしろいと思った。
学生時代は理工学研究科で熟練技術者のスキルやノウハウをCADやCAMといった設計・製造用のソフトウェアに取り込んで蓄積し、それを有効に使って高品質な加工を実現するといった研究をしていました。大学院修了後、一緒に学んでいた友人の多くは、研究室の紹介でメーカーの技術部門などに就職していったのですが、私はせっかくの機会なので就職活動を始め、さまざまな業種の業務内容を調べてみました。そこで発見したのがシステム開発のおもしろさです。特に銀行システムの重要性を再認識しました。当時はATMの24時間稼働やインターネットバンキングの普及が進むなど、身近なところでも銀行のシステムが発展していく様子が見て取れ、自分もそのような新しい金融サービスをつくり出していきたい、それを多くの人に使ってもらい世の中に貢献したいと考えるようになり、IT・システム部門を志望して入行しました。
梅澤 和雄
02.社会的使命の大きさが
やりがいにつながっていた。
入行後にまず担ったのは基幹システムの更改プロジェクトです。アプリケーション・アーキテクチャや処理方式といったシステムの基本的な作り方を先輩や上司とともに検討。それらに基づいてすべてのアプリケーションが利用する共通プログラムの開発を進めました。システム開発をイロハから学ぶ貴重な機会でした。
また、入行3年目からは、当時の東京三菱銀行とUFJ銀行の合併に伴うシステム統合プロジェクトに従事しました。システム部門のほぼ全員が関与する巨大プロジェクトで、私はATMや営業店端末、印影検索システムなどの基盤構築を担当しました。毎日数百万件に上る取引が行われるシステムを安定して稼働させながら、並行してシステム統合後に利用する新システムを構築するという非常にチャレンジングな取り組みです。精神的にも肉体的にもきつかったけれど、それでもがんばれたのは使命感の大きさだったと思います。合わせて数千万人のお客さまが利用するシステムです。失敗しましたでは済まされない。それほど影響力の大きなシステムを担っているということが自分の励みでありやりがいになっていました。無事稼働を見届けたときは、本当にうれしかった。全身の力が抜けました。
03.中国で担った大規模な
システム開発で学んだこと。
その後私は中国上海に赴任。現地法人で利用するシステムの開発を担当しました。
当時、中国の経済は大きく成長、当行も急速に拠点を拡大している時期で、それに見合ったインフラを整えることが求められていました。各システムを収容するデータセンターを上海郊外につくることをスタートし、私は主にOA関連のシステムの構築を担当、中国各拠点のOAシステムを統合集約して搭載する基盤を構築し、その上にグループウェアやメールシステム、ファイルサーバー等をつくり、合わせてこのタイミングで端末を全てシンクライアント※に更改するという任務を担いました。非常に規模の大きなプロジェクトで、中国現法のメンバーはこのようなシステムを開発した経験がありません。私にとっても、これだけのプロジェクトをリーダーとして引っ張るのは初めてです。私はまず各拠点にプロジェクトの内容を説明し、その意義の大きさを説き、協力を依頼するところから始めました。そして日本のシステム部門に技術的な支援を受けながら設計・開発を進めていきました。
※シンクライアント:ユーザーが使用する端末の機能は必要最小限にとどめ、サーバー側で処理を行う仕組み。

しかし、初の大役に私は少し入れ込みすぎていたのかもしれません。現地スタッフが思ったようについてこないのです。私だけが空回りしている感じで、プロジェクトの進捗にも支障が出始めました。ある日のことです。中国人の上司に飲みに誘われ、「梅澤さん、あなたの言うことは正しいかもしれないが、厳しいことばかり言っても誰もついて来ず、離れて行ってしまう。もう少しメンバーとゆっくり話し合ってみてくれないか」と言われました。
確かに今までは、仕事に対して多少ネガティブなことがあっても、文句ひとつ言わず淡々と進めていく人が多くいました。無意識のうちに同じことを求めていました。しかし違うやり方もあるのですね。それからは仕事の重要性を訴えるだけでなく、お互いのことを良く知り合い、できるだけ本音で話す、不平不満や要望があれば傾聴して受け止める、彼らの気持ちを推し量りながらどう進めるか考える、といったことを意識しながら取り組むようにしました。その結果、少しずつ会話も生まれ、相談も持ち込まれるようになり、プロジェクトの進捗は急速に改善していきました。日本に帰ってからも、様々な立場や思惑の異なる関係者と一緒に働くことが少なくありません。今も私はこの時の学びを大切にしています。
04.デジタルの力で新たな商品・サービスを開発し
社会に貢献していく。
私は2017年4月に日本に帰任しました。システム企画部で、開発案件の選定や中長期的なITアーキテクチャ戦略の策定などに関わり、現在は、三菱UFJインフォメーションテクノロジー(MUIT)に出向。50人ほどのスタッフを率いて、サーバーやネットワーク、ストレージといったインフラシステムを構築しています。インターネットバンキングやホームページなどを基盤として支えるもので、非常に規模が大きく、そのため社会に与えるインパクトの大きな任務です。重責ですが、それだけにやりがいも大きいですね。

銀行は非常に古くからある業種です。今も「金融サービスを提供して社会に貢献する」という存在意義は揺るがず、中でもIT・システムは正確な事務処理や安定したサービスでお客さまの資産を守り続けていくことだと考えています。ただ一方で、グローバルな低成長の常態化や中央銀行の金融緩和策による低金利など、環境は大きく変化しており、お客さまのニーズに即した新しい商品やサービスを提供していく必要があります。システム部門はその大きな役割を担っています。
当行のシステム部門は投資額でみても3年間で数千億円規模にのぼり、毎年8万人月程度の開発を進めています。これほどの規模のシステム部門は例がありません。また海外でも、アメリカ、イギリス、シンガポール、中国の4つの開発拠点にそれぞれ100名近くの要員が駐在、数百名以上の現地行員やビジネスパートナーとシステムの企画、開発を行っています。このチャレンジングな環境で私自身さらに成長し、銀行の未来を担っていきたいと思っています。